だぁく・らいつ・たいにぃ・してぃ

きみは、その日まったく気のない男ともだちの車でトリアス久山のTOHOシネマに『ヤッターマン』を観に行った。向こうはデートのつもりなんだろうが、きみには全くその気はなかった。なぜあいつにくっ付いていくつもりになったのかは今きみには全くわからない。
きみたちは開場時間ぎりぎりに到着したので、かなり前めの席しかとれなかった。それでもコーラとポップコーンを買うのを忘れなかったきみたちが指定された席に着くと、ひとつ飛ばした隣の席には、このシネコンのある敷地と一つ道を挟んだTKで買った上着にブラックジーンズなんて男と、黄色のダッフルの女という奇妙な中年カップル(夫婦)がいかにも嬉しそうに映画が始まるのを待ちながらひそひそ話をしていた。足元にはブックオフの袋が置かれ、ちょっと高校のクラスちょっと変わった子が読んでたようなマンガと映画のパンフがぎゅうぎゅうに詰まっていた。きみはその時は"何この人たち"としかおもわなかった。きみが腐女子という言葉を知り、オタク/サブカルの違いを感じるようになるのはしばらく後になる。


きみは映画に夢中になった。そしてエンドクレジットの途中で席をたとうとするあいつを無視して最後までスクリーンに見入っていた。それからあいつとどう過ごして家に帰ったかはよく憶えていない。それよりずっと映画の中身と隣の二人の会話(監督がどーの、撮影がどーの)が気になって仕方なかった。きみは自分の中で何かのスイッチが入った音を聞いたようなきがした。でも、自分がその後"撮影が『パッチギ』の山本英夫だってこともわからずに、なにが「彼女を可愛く撮ることに傾けた監督の多大な情熱」だ、このタワケが"なんて言い出すなんて、その時は思いもしなかった。


きみは翌日ツタヤに向かい、ネットで調べた三池崇志・山本英夫のコンビの映画を探した。ホントは谷原章介が出てる『極道戦国志 不動』を見たかったけどなかったので、この前NHKのドラマ「ハゲタカ」に出てた大森南朋とチョコレートのCMでカツオを演ってる浅野忠信が出てる『殺し屋1』を借りることに決めた。
きみは、その帰り道に自分がすんでるなんてことのない小さな町のさほど明るくない灯りに妙に感傷的になった。生まれてこの方こんな気持ちにはなったことなかったのに。
きみは、自室で繰り返し見るうちに一人の女優に心を奪われた。確か誰かんちでDVDを見た『キル・ビル』に出てた人だった。無性にこの人が気になったきみは彼女の名前を調べ、出演作を検索した。
6日間我慢したきみは土曜日に返却しに行った際に風祭ゆきの出演作を探した。ロマンポルノを借りられるようになるにはもう少し時間と経験が必要だったきみは『セーラー服と機関銃』と『十階のモスキート』を探したが 、あいにく貸し出し中だったので、仕方なく『伊賀忍法帖』を手に取った。



いつのまにか独りでシネテリエ天神やKBCシネマなどに通うようになっていたきみは、その日も交通センターのシネリーブル博多駅に向かった。ふと映画の原作を読みたくなったきみは紀伊國屋のある階でエスカレーターを降りようと思ったが、あとでブックオフに寄ろうと決め思いとどまった。それが良かったのか悪かったのかは今でもわからない。


映画を見終わってブックオフの2階の文庫本の棚の前に立ったきみは、初めは最近スクリーンや家のモニターで見た映画の原作をとおもっていたのだけど、急にあの『伊賀忍法帖』を探そうと思いたった。必死に山田風太郎という作者名を思い出したものの、時代小説コーナーがあることを知らずに店内をぐるぐる巡ったあとに、やっとこさそこに辿り着くと、なにやらブツブツ言いながら文庫本を手に取ると表だけでなく裏を確認した後でその本を正確に前あった場所に戻す男がいた。そしてその男が戻したその本こそが

だった。さらに君を驚かせたのが、その男が久山で近くに座っていた男であったことだ。その日はいかにも古着のフレッドペリーのシャツにモッズパーカといった先日とは全く違った服装だったけれど、その落ち着きの無さとサングラスにヒゲは全くいっしょだった。その男は手にいくつか文庫を持っていて、そのすべてが写真の表紙で、一冊は竹之内豊が表紙の『人間の証明』で後は判らなかったけど。
きみは、そのときなぜだか女をこさえて出て行った父親のことを思い出しとともに、あの野郎がとっても好きだった曲が無性に聴きたくなってしまっていた。でもあいつの本やCD(レコードもあった)は出て行った次の日に全部売り払って母親と焼肉を食べにいったんで家には無い。きみはCDを手に入れる白、ネットでDLにしろ、まずその曲のタイトルを知りたいと思うと、思わずその男に尋ねていた。
 「あのーいきなりに申し訳ありませんが、「アーリソン」って歌ご存知ないですか」
その男はきみの言葉が終わる前に「ちょっと待つといて」と言って下の階に下りていった。さほど時間をかけずに戻ってくると、きみに黒縁メガネの男が写ったCDを渡した。きみは「女の人が歌ってるんですけど」と言おうと思ったのだけど、その男はすでに映画パンフの棚の前で、上段にあったパンプをばら撒いていて、さらに横にいた優しそうな青年に毒づいていたのだった。


きみは、まっいっかとつぶやくと、CDを両手で抱えてDVDコーナーのある1階に向かった時にはすっかり『伊賀忍法帖』のことは忘れていた。


(「オトモダチニナリタイワー」を改題、大幅加筆修正)

伊賀忍法帖 [DVD]

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再会の街~ブライトライツ・ビッグシティ~ [VHS]

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マイ・エイム・イズ・トゥルー

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