嫌悪の目撃者

その前半部を読んで、そのあまりも激しい嫌悪に吐き気さえ覚えた。

美津子は容貌は十人並みで、前橋は性格の弱さがどことなく顔に表れているような男だった。(55頁)

谷口はこの見知らぬ、若い情人らしき男を連れた美しくもない女に腹をたてた。(63頁)

女がうかがうように谷口を見た。谷口はまたこの女に腹をたてた。(65頁)

ノブから手を引きながら谷口は、この美しくもないくせに押しつけがましい女に怒りを抱いた。(68頁)

※強調椣平

ちなみに「谷口」は犯人ではない。そして、谷口が犯人に対してこれほどの怒りを覚える描写はないのだ。なぜに谷口は同じ被害者である美津子の容姿にここまで怒りを抱かないといけないのだろうか。
というか、作者の石原慎太郎はここまで被害者の美醜を問題にしないといけないと思ったのか。
いや、ほんとこの女のひとは人質として事件にまきこまれたうえに、この本で不倫交際をばらされるなんて目に合わされなきゃいけなかったのか。しかもご丁寧に

外見通りに交際を、はじめに誘惑したのは美津子の方だったが、独身の前橋にそれを拒む理由はなかった

とまで交際の経緯までも。


事件を野次馬の一人として目撃して、犯人に共感を得たからといって、その被害者の女性が多少ブサイクだったからといってこうまで書かれなきゃいかんもんなのか。

"落ち着いている"

そして、谷口の視点で犯人が「落ち着いてる」ことが強調されている。確かに彼は落ち着いて見えたんだろうし、冷静に犯行を行ったんだろう。
でも、その犯行の描写まで妙に落ち着いているってのはどうなんだろう。
銃撃戦なんかもっとこう、ワクワクするような文章にしようと思わなかったんだろうか。
それってやっぱり

北見は素早く服と靴をつけた。ミリタリー・アンド・ポリスのリヴォルヴァーを持ったまま仰向けに倒れ、すでに断末魔の痙攣が通り過ぎた中年男に近づいた。
そのミニタリー・アンド・ポリスの三十八口径スペシャル弾は、北見が手にしているチーフス・スペシャルと同じ弾を使用できる。
血に服がぬれはじめた中年男の死体をさぐると、レミントンの緑色の弾箱が見つかった。五十発入りだが百五十八グレイン弾が三十発近く残っていた。
北見はドアを閉じ、錠をおろした。二人の拳銃使いはどうやって外から錠をはずしたのか調べる間はなかったが、合鍵か二本の針金を使ったのであろう。

血の挑戦 (徳間文庫)

血の挑戦 (徳間文庫)

(ちなみに僕の手元にあるのは東京文芸社発行の1977年版)

なんていうエンターテインな描写じゃかなわないなぁ、ってなことなんだろうね。