映画がモノローグで開けるのはよくあることだ。でも、主演でない人のモノローグが二つ続くってのには少なからず奇妙な感覚を覚えた。小泉今日子主演『グーグーだって猫である』のことである。 奇妙といえば、そもそもこの小泉今日子って存在が奇妙なんである…
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