貧しいってなによ!

聞き書き ある憲兵の記録 (朝日文庫)

聞き書き ある憲兵の記録 (朝日文庫)

もう書き出してイヤになった。

土屋芳雄は「村一番の貧しい家に生まれた」という、その「貧しさ」が、自分を戦場へ、憲兵へと駆り立てた主要な引き金だった、と思っている。

まあ、何をもって「貧しい」や「豊か」って言うのか、って問題はおいとくとして、貧しいってことでいうなら、東北の農村に限らず、大日本帝国ってお国自体がとっても貧しい国だったわけで。


なーんてこと思ったのも、この本を読む前に

貧国強兵―「特攻」への道 (光人社NF文庫)

貧国強兵―「特攻」への道 (光人社NF文庫)

を読んだからなんだけど。

明治創建以来、国家指導者たちが追及して止まなかった"富国強兵"の実態は、まさに矛盾に満ちた貧国強兵、正確にいえば貧国弱兵以外の何もでもなく、"魔性の歴史"がもたらしていたすべての収支決算こそ、ドグマの上に打ち立てられていた対外的膨張主義路線と全体主義の音を立てた崩壊であった
(同書・あとがき P254 強調僕)

ってことを統計資料で見てしまったからね。
ちなみに1900年、1909の日本の工業の実態ってのが

(『日本経済史 (1970年) (有斐閣双書)』 §9 産業資本の確立 P228)
で、ABCDに買っていただく糸が主力製品だっってんだからね。

そもそも無資源の上に立つ日本の国民経済の再生産と軍事経済の確立を巡って抱え込んでいた問題の深刻さを象徴していたのは、その重要資源の大半をこともあろうに当時の敵国をである米国、大英帝国、オランダないしはその経済圏、さらには中国等に依存してたという致命的な事実にあった

でもってその工業に携わってる人数ってのが

(『日本〜』 §10 独占資本への移行 P257)
1919年の段階で機械工業の三倍以上の人間がやっぱり繊維工業に携わっている。これって

みたいな戦法を考えてない限り、軍事産業への転用はムツカシイよね。
(大いに参考旧日本軍弱小列伝)
まあ「貧乏は美しい」なんて風潮なんてもんの30年代賛美の根っこにも、戦争が原因で貧しくなったってな変な誤解があるのかも。それにしても、自分たちでやったことなんだよな。
(大いに参考http://homepage1.nifty.com/SENSHI/book/objection/6S_NERAI.htm)

結局ヤな本だった

なんかさぁ。これなんで「朝日新聞山形支局」名義なんだろ。
というのも「聞き書き」をいいことに結構アヤシイ話を載せてあって、その一つ(それも本文中の山になる)箇所が思いっきり「記憶違い」だったりする。これなんかはあとがきにアリバイ的に談話を載せるんではなしに、本文を改めるべきである。また、「聞いた話」(ノモンハンの捕虜の処遇)なんていう、なんら検証してない部分があるんだけど、それを調べるのが「記者」の仕事でしょ。
やたらと岩波新書中公新書の引用が多いのも、あんまり手間かかってないなぁって印象だし。
光人社NF文庫で出てた方が良かったんじゃない?
つまり、責任は土屋さん、手柄は俺たちってことか。
なんか奥山郁郎って思いっきり帝国陸海軍体質やん。


なんて無駄口たたく前に読めよ!ということで今から読みます。