『堀河力作の生涯』

初版にこだわるという人は多い。僕も10〜8年くらい前そういう時期があった。そのころお世話になってたのが香椎の「A」と言う古書店だった。
その後そういうことにこだわる余裕(と言うか情熱)がなくなり、その古書店からは足が遠ざかることになった。
で、今年の五月ぐらい久しぶりにその書店を訪れると、奥様が店に立っておられた。なんとご主人がお亡くなりになってずいぶん経つという。僕は動揺を隠しながら、しばし奥様とお話をしながら本を探した。
「主人どうでした?」
「ちょっと怖かったですよ。でも僕のほかあと二人くらいが本を探してる時にどやどやと入ってきた学生を追い出した時にはあー俺は嫌われてないんだと安心しました」
「それどんな感じで」
「お前出て行けみたいな」
「主人だったたら”あなた”だったはずよ」
そうか記憶ってのは勝手に書き込むもんなんだなぁ。
で、僕は『ブラックサンデー』*1、を掘り起こし(いや、ほんとうずもれていた)値段と奥付を確認するとちょっとびっくりした。これだけ買って帰るのなんだからと4、5冊を手に取りそして奥様の前に並べた。
「あなたみたいに本を探してくれると嬉しい」
こちらこそお世辞でも嬉しい。いや、もしかしてホントに本探しに来る人間が減ってしまったのかも...ため息。そして、奥様が提示された値段に目が飛び出た。ついてる価格からさらに値引きしていただいたのだ。
「今日はこれでお付き合いさせて下さい。あら高い?」
思わず「いえ、それってもっと高くても構わないんですけど」
「あ、そう。でも値段ついてるから。息子*2だったらもっと値段つけるのは分ってるけど、息子の目に止まる前にあんたが見つけたんだから。それに本は行く人のとこに行くのよ*3
どきっ!だったらその本は僕じゃない方が、別にハリスのファンでもなんでもないしと思ったがここはご好意に甘えて。
「またお付き合いください」
僕は小躍りしながら店を出た。

で、その時いっしょに買ったうちの一つが水上勉著『堀河力作の生涯』初版函入。なんとなく買ってしまって読まずにいたのを改めて手に取るとどこか因縁めいたものを感じる。そう、これもウソッという値段で買ってしまったのだった。
バチが当たるな、絶対。

*1:そういえば、『羊たちの沈黙』の新潮文庫初版帯つき(痛みあり)は、人との待ち合わせの前に途中下車して寄った古本屋の文庫コーナーにポツンとあって、これがなんでこんな値段であるんだと思ったのを、レジでこんな古い本が何でこんなに高いんですかとかいってさらに50円引かせて買った。しかし、悪いことはするもんじゃない。その日に飲み屋で自慢するために出したらバーボンこぼしてしまった。トホホ

*2:今は息子さんといっしょに営んでらっしゃる

*3:でも、ご主人がご健在のころ『サド復活』と『架空地名大辞典』を買わせていただいたとき、この本があなたのとこに行って嬉しいなんていわれたなあ、奥様に。どっちにしても嬉しいですよ、こちらこそ!